血のメアリーの真実とは?メアリー1世の悲痛な生涯と弾圧の裏側を解剖

血のメアリーの真実とは?メアリー1世の悲痛な生涯と弾圧の裏側を解剖

血のメアリーの真実とは?メアリー1世の悲痛な生涯と弾圧の裏側を解剖とはどのようなものなのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。

Q1:「血のメアリー(ブラッディ・メアリ)」の由来は何ですか?カクテルと直接関係があるのですか?
A1:メアリー1世が在位中、プロテスタント指導者や信徒約300人を異端として火刑に処した過酷な宗教弾圧から、プロテスタント側によって名付けられた蔑称です。トマトジュースとウォッカをベースにした赤いカクテル「ブラッディ・メアリ」の名称は、この彼女の悪名と血を想起させる赤い色に由来するという説が最も有力です。

Q2:メアリー1世とメアリー・スチュアートはどう違うのですか?
A2:完全に別人です。メアリー1世はヘンリー8世の娘で「イングランド女王」(エリザベス1世の異母姉)。一方のメアリー・スチュアートは「スコットランド女王」であり、エリザベス1世の従姪(いとこの子)にあたります。幽閉の末に処刑されたのはスコットランド女王のメアリー・スチュアートです。

Q3:夫フェリペ2世との関係は実際どうだったのですか?
A3:メアリーの一方的な片思いに近い政略結婚でした。メアリーは11歳年下のフェリペを深く愛し、肖像画に見惚れるほどでしたが、フェリペにとってこの結婚は対フランス情勢を有利にするための同盟手段に過ぎませんでした。世継ぎが望めないと悟ると、フェリペはイングランドを離れ、メアリーが危篤に陥った際も帰国しませんでした。

Q4:メアリー1世の真の死因は何だったのでしょうか?
A4:記録によれば、1558年秋にイングランドで猛威を振るっていた悪性インフルエンザに感染したことが直接の引き金とされています。さらに、彼女が長年苦しんでいた2度の偽妊娠や体調不良の背景には、重度の卵巣腫瘍や子宮がんが存在していたと考えられており、これらの慢性疾患による著しい衰弱が重なったことが真相とみられています。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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