乗り物酔いを取り巻く言説には、長年信じ込まれてきた危険な誤解が多数存在します。最も是正すべきは、「気合いが足りない」「慣れれば誰でも克服できる」という前世紀的な精神論です。
感覚矛盾は脳の神経ネットワークにおける物理的な情報処理エラーであり、根性論でコントロールできる領域ではありません。むしろ「絶対に酔ってはいけない」と自分を追い込む心理的プレッシャーは、大脳皮質を過剰に興奮させ、嘔吐中枢を直撃します。事実、車酔いを恐れるあまり乗車前から強いストレスを感じていた被験者ほど、揺れを開始してから嘔気スコアが上昇するまでの時間が有意に短かったという実験データも存在します。
また、「一度全部吐いてしまえばスッキリして完治する」という通説も医学的には誤解です。嘔吐によって副交感神経が一時的に優位になり、瞬間的な脱力感から楽になったように錯覚することはありますが、内耳への揺れ刺激が続いている限り感覚矛盾は解消されません。かえって胃酸の逆流による食道粘膜へのダメージや脱水症状を招き、移動後の激しい頭痛や倦怠感といった「二次被害」を深刻化させるだけです。