日村勇紀さんの芸能界への第一歩は、高校時代に同級生とお笑いコンビ「陸上部」を結成したことに始まります。渡辺正行さんが主催する若手芸人の登竜門「ラ・ママ新人コント大会」のオーディションに見事合格し、高校在学中にお笑い界へ足を踏み入れました。
高校卒業後、コンビは解散の道を辿りますが、1993年に転機が訪れます。当時の知人であった俳優・西秋元喜さんの紹介により、同じく相方を探していた設楽統さんと出会うことになります。
設楽さんの自宅アパートで初めて顔を合わせた二人は、その日のうちに意気投合しました。設楽さんは当時の日村さんについて「面白い上に、どこか影があって妙にスタイリッシュだった」と振り返っています。そして1994年、バナナマンとしての初単独公演『処女』を開催。シュールで完成度の高いコントスタイルは、当時のお笑い界において異彩を放ち、業界関係者から高い評価を受けました。