広末涼子の名が全国区へと跳ね上がった最大の契機は、1996年に放映されたNTTドコモ「ポケベル」のテレビCMでした。「広末涼子、ポケベルはじめる」というフレーズとともに、公園のベンチから駆け出す姿は、当時の日本中に強烈なインパクトを与えました。
当時、街中に掲出されたプロモーションポスターが相次いで持ち去られる事件が頻発し、ワイドショーや一般紙でも大きく報じられる事態に発展します。1994年に第1回クレアラシル「ぴかぴかフェイスコンテスト」でグランプリを獲得し、デビュー当時の画像や映像が世に出た瞬間からその原石ぶりは際立っていましたが、ポケベルCMによってその人気は爆発的なものとなりました。
1990年代後半のメディアは連日彼女の動向を追いかけ、雑誌の表紙を総なめにする事態に突入。「ヒロスエ」という呼称は単なる愛称を超え、90年代のユースカルチャーを象徴する社会現象そのものとなりました。