歴代のF1日本人ドライバーにおいて、いまなお破られていない壁が「3位表彰台」です。過去にトップチェッカーを受けた日本人は存在せず、表彰台に登壇した経験を持つのは鈴木亜久里氏、佐藤琢磨氏、小林可夢偉氏のわずか3名に留まっています。
佐藤琢磨氏のF1時代の成績と評価を紐解くと、2004年のアメリカGP(インディアナポリス)での3位表彰台は、強豪BARホンダのエースであるジェンソン・バトン選手と互角以上に渡り合った金字塔です。予選でフロントロー(2番グリッド)を獲得する卓越した一発の速さと、スタート直後のアクシデントを乗り越えて敢行した鬼気迫るオーバーテイクショーは、欧州メディアに「アグレッシブの象徴」として深く刻み込まれました。2007年にスーパーアグリF1チームでフェルナンド・アロンソ選手(当時マクラーレン)をコース上で抜き去ったカナダGPの走りは、今なお語り継がれる名場面です。
一方、小林可夢偉氏のF1最高位と経歴は、ドライバーとしての純粋なレースクラフトの高さを証明しています。2009年に急遽代役としてトヨタからデビューした直後から、ワールドチャンピオンのジェンソン・バトン選手相手に一歩も引かないブレーキング勝負を披露。2012年の鈴鹿サーキット(日本GP)では、ザウバーのマシンを巧みに操り、背後に迫る強敵ジェンソン・バトン選手を最後まで完璧に抑え切って歓喜の3位表彰台を獲得しました。当時の特番インタビューや手記で語られた「鈴鹿の表彰台で見上げた観客席の光景は、死ぬまで忘れることはない」という生の言葉は、国内モータースポーツファンの胸を打ち続けています。