ハワイでの誓いからわずか4年後の2001年、ふたりは電撃的に離婚を発表します。表向きには「多忙によるすれ違い」と説明されたものの、水面下で積み重なっていた夫婦の亀裂には明確な生活実態のズレが存在していました。取材記録や当時の関係者証言を総合すると、飯島直子 TUBE 前田 離婚理由の根底にあったのは、家庭内における「価値観と行動パターンの絶望的な不一致」でした。
結婚後の飯島直子は、多忙な芸能活動の合間を縫い、毎日腕によりをかけた手料理を用意して夫の帰りを自宅で待ち続けるという、絵に描いたような良妻ぶりを発揮していました。しかし、音楽業界の交友関係が広く、豪快な性格で知られる前田亘輝は、毎晩のように銀座や六本木の街へと繰り出し、仲間たちと杯を交わす生活を崩しませんでした。連日のように繰り返される朝帰りによって、温め直されることのない料理がテーブルに残される日々が続いたといいます。
当時の特番インタビューや手記で語られた「待つ側の苦しみ」と「束縛を嫌う表現者の性分」は、徐々にふたりの間に埋められない溝を刻んでいきました。前田亘輝にとって夜の街での語らいや人脈作りはクリエイティブな創作活動の延長線上にあった一方、家庭という安らぎの拠点を守ろうとした飯島直子にとっては、放置され続ける日々に心が摩耗していく結果となったのです。激しい口論があったわけではなく、互いの存在を尊重しながらも「これ以上一緒に暮らせば、相手を嫌いになってしまう」という極限の葛藤の末に選ばれた別れでした。