ここまでの解説を読むと、「怖いもの見たさ」は人間の愚かな弱点のように思えるかもしれません。しかし、生物学や進化心理学の視点から捉え直すと、この心理現象は人類が過酷な自然淘汰を生き残るために獲得した「命を守るための高度なシミュレーション機能」であったという驚くべき事実が見えてきます。
シカゴ大学の研究員コルタン・スクリブナー(Coltan Scrivner)博士らが行った認知進化研究によると、人間を含む高等哺乳類は、安全な条件下で「捕食者」や「致命的な危機」に意図的に触れることで、将来遭遇するかもしれない脅威への対処法を学習する習性を持っています。子どもたちが「鬼ごっこ」や「かくれんぼ」に夢中になるのは、捕食者から逃れる身体的・認知的スキルを遊びの中で訓練しているからです。
映画やネット動画でホラーやパニック描写を凝視してしまうのも、無意識下において「もし自分がこの極限状況に置かれたら、どこへ逃げ、どうやって身を守るべきか」という危機管理シミュレーションを脳が勝手に実行しているためです。恐ろしいものから完全に目を背けて生きる個体よりも、安全な距離から脅威を観察し、危険のパターンや兆候を学習した個体のほうが、いざという本番の危難において生き残る確率は格段に高かったのです。
興味深いことに、スクリブナー博士らが2020年から2021年にかけて実施した調査では、ホラー映画やパニック作品を好んで消費していた層は、未知のパンデミックという社会的脅威に直面した際、恐怖映画を見ない層と比較して心理的レジリエンス(回復力・適応力)が高く、精神的パニックに陥りにくかったことが実証されています。「怖いもの見たさ」は、人類が進化の歴史の中で磨き上げてきた、心の避難訓練でもあるのです。