日本で親しまれている「月の兎」の物語は、単なるほのぼのとしたおとぎ話ではありません。その原典は、釈迦の前世の善行を記録した古代インドの仏教説話集『ジャータカ(本生経)』に遡ります。この物語は後に中国を経て日本へ伝わり、平安時代末期の説話集『今昔物語集(巻五・第十三話「三獣行菩薩道兎焼身語」)』に収められたことで、日本全土へ広く定着しました。
説話のあらすじは、深く考えさせられる哀切な展開を見せます。
かつて天竺(インド)の山中に、仲良く暮らすうさぎ・きつね・さるの3匹の動物がいました。ある日、みすぼらしい身なりをした老人が飢えに苦しみ、倒れ込んでいる姿に出会います。実はこの老人は、動物たちの慈悲の心を試すために姿を変えた神々の王「帝釈天(たいしゃくてん)」でした。
3匹の動物は老人を救うために奔走します。身軽なさるは木に登って木の実を拾い集め、俊敏なきつねは川へ行って魚を捕獲して老人に差し出しました。しかし、草を食べるしか能のない小さなうさぎは、どれほど駆け回っても老人の命を救う食べ物を見つけることができませんでした。
己の無力を嘆いたうさぎは、さるときつねに頼んで火を焚いてもらい、「私には何も差し上げるものがありません。どうか私の肉を焼いて召し上がってください」と言い残すと、燃え盛る業火の中へ自ら飛び込んだのです。
うさぎの純粋で尊い自己犠牲に心を打たれた帝釈天は、本来の威厳ある姿を現しました。帝釈天は焼け爛れたうさぎの亡骸を抱きかかえ、「その無私の慈悲と献身を、後世のすべての生命が決して忘れることのないように」と、うさぎの姿をそのまま清らかな月の世界へと昇らせました。月面に浮かぶ黒い影は、うさぎが火に飛び込んだ際に立ち上った煙の跡とも伝えられています。