多くの人が抱く「なぜ受動的な側を猫と呼ぶのか」という疑問の背景には、江戸時代の芸能史や遊里文化に根ざした深い言語的ルーツが存在します。タチとネコの語源を探ると、日本独自の文化変遷が浮き彫りになります。
まずタチの由来は、歌舞伎において男性的な主役や善人を演じる「立役(たちやく)」に端を発します。舞台上で直立して立ち回りを演じる主役級の役柄、あるいは武士の象徴である刀剣の「太刀」が持つ鋭利で能動的なイメージが重ね合わされ、男色文化の中で挿入側・男性役を指す隠語として定着しました。
対してネコの由来には、歴史的および風俗的な複数の文献から有力な2つの学説が指摘されています。
第一の説は、江戸時代の宿場町や遊郭に存在した下級の飯盛女(私娼)の呼称である「寝子(ねこ)」から転じたという説です。客を寝かせて身体を売る受動的な存在を「寝子芸者」などと呼んでいた風俗史の文脈が、そのまま男色における「横たわって相手を受け入れる側」へと接続されたと考えられています。
第二の説は、芸妓が扱う三味線に由来する説です。三味線の胴に猫の皮が張られていたことから、花街では芸者を「猫」と隠語で呼ぶ風習がありました。女性の代名詞として使われていたこの言葉が、男性同性愛の場において「女性役・女形」を担う受動側の隠語として転用されたという経緯です。また、気まぐれで愛玩的な小動物のイメージや、懐に入って甘える猫の仕草が受動側の情緒と親和性が高かったことも、昭和以降の風俗街やゲイバー文化でこの言葉が定着した大きな要因とみられています。