蘭奢待の切り口には、過去にこの香木を切り取った人物を示す付箋(付札)が貼り付けられている。中でも特に有名なのが、室町幕府の第8代将軍・足利義政と、戦国時代に天下統一を目指した織田信長による截取(せっしゅ)だ。信長は1574年、東大寺に圧力をかけて正倉院の扉を開けさせ、わずか2寸(約6センチ)四方の切り片を手に入れた。
権力者たちがこの香木を欲したのは、単に素晴らしい香りを楽しみたいという個人的な欲望からではない。蘭奢待を切り取る許可を得るということ自体が、天平以来の伝統的権威、ひいては天皇や朝廷から「天下人」として正式に認められたという強烈な政治的デモンストレーションだったからだ。信長はその一部を正親町天皇に献上し、残りを側近である正親町三条公兄や朝倉義景を討ち取った恩賞として分配することで、自らの絶対的な権力を誇示した。