戦後、国民党政権下で日本統治時代の記憶が排除されかけた時期にあっても、台湾の農民たちは八田與一への感謝を決して忘れなかった。八田の銅像は農民たちの手によって人里離れた倉庫に隠され、破壊の危機を逃れたという逸話が残る。
台湾が民主化を迎えると、八田の功績は歴史の表舞台へと完全に再評価された。台湾の小学校・中学校の歴史教科書には八田與一の業績が大きく掲載され、現地の児童なら誰もがその名を知る存在となっている。単なる宗主国の技術者ではなく、「台湾人を差別せず、同じ人間として接した真の友」として語り継がれているのだ。
毎年、八田の命日である5月8日には、烏山頭水庫のほとりで嘉南農田水利会主催の慰霊祭が執り行われる。日台双方から政財界人や一般市民が集い、絶えることのない祈りを捧げる光景は、国家間の外交を超えた草の根の絆を証明している。