一方、料理界の風雲児としてメディアを席巻していた鳥羽周作もまた、苛烈な禊の時間を過ごしていた。フラッグシップである「レストランsio」のオーナーシェフを退き、経営母体である「株式会社sio」の代表を辞任。積み上げてきた企業タイアップやプロデュース案件は一夜にして消滅した。
だが、彼が選んだのはフードサービス業の最前線、泥臭い厨房の現場だった。地方の店舗やポップアップの現場に自ら立ち、フライパンを振り、顧客と直に対話を重ねる。メディア露出による華やかなブランディングから切り離された場所で、料理人としての原点に立ち返る日々。「美味いものを作って人を喜ばせる」という愚直な原点回帰こそが、彼にとって失われた信用をわずかずつ手繰り寄せる唯一の処方箋だったのだ。