1990年代初頭、日本中に衝撃を与えたのが篠山紀信氏撮影による写真集『Santa Fe』の発行だった。トップアイドルとして絶頂期にあった彼女がヌード写真を発表するという試みは、光子氏の決断なしには実現し得なかったと言われている。ミリオンセラーを記録したこの一冊は、日本のカルチャー史に刻まれる金字塔となった。
しかし、その直後に訪れた大相撲の若貴ブームを象徴する大関・貴乃花光司(当時)との婚約と、わずか数ヶ月後の電撃破談は、メディアを過熱させた。芸能ジャーナリズムが連日スクープを競う中、破談の背景には光子氏の介入があったと囁かれ、親子の強い絆が時として悲劇を生む現実を見せつけたのだった。