太子が建立に関わった法隆寺をはじめとする古代寺院群の調査も、新たな知見を提供している。文化庁主導による近年のデジタル・アーカイブ構築や非破壊調査技術の進展に伴い、飛鳥期の建造物や銘文から、当時の東アジア情勢を意識した高度な国際感覚が次々と明らかになってきた。
隋という巨大帝国の出現に直面していた当時の朝廷は、国内の不毛な内紛で自滅することを何よりも恐れていた。法隆寺金堂の釈迦三尊像光背銘などに刻まれた記録を再読すると、仏教という先端思想を基盤に据えつつ、多文化・異見を取り込む知的な柔軟性が確認できる。遺物の高精細スキャンデータ解析からも、単なる信仰を超えた、統治機構としての寺院空間の機能が鮮明になりつつある。