渋谷東武ホテルを語る上で欠かせないのが、宇田川町という土地の文化的変遷です。1970年代から1980年代にかけて、渋谷は「東急の街」から「西武・PARCOが進出する若者文化の街」へと激変しました。
公園通りという名称が定着し、セゾングループの文化発信地としてPARCOがカルチャーを牽引する中、その正面に位置した渋谷東武ホテルは、クリエイター、アパレル関係者、海外からのバイヤーが滞在する社交場としても機能しました。ホテル内にあったバーやラウンジは、夜遅くまでメディア関係者やアーティストが集うカルチャーの交差点となっていた歴史があります。