『火垂るの墓』清太はなぜ働かず妹を死なせた?「クズ批判」の真相

『火垂るの墓』清太はなぜ働かず妹を死なせた?「クズ批判」の真相

『火垂るの墓』清太はなぜ働かず妹を死なせた?「クズ批判」の真相の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。

4歳で短い生涯を閉じた節子の直接的な死因は、重度の栄養失調に伴う衰弱死です。極度の飢餓により免疫力が著しく低下し、下痢や皮膚炎(疥癬)、口内炎を併発しながら、最後は意識混濁のなかで冷たい横穴壕の土の床の上で息を引き取りました。

病院に駆け込んだ清太に対し、医師が「滋養をつけるしかない」と冷たく言い放つ場面は、当時の医療崩壊と医薬品の枯渇を如実に表しています。飢えに苦しむ民間人が溢れかえる中で、点滴はおろかブドウ糖すら手に入らない時代、栄養失調に対する治療法は文字通り存在しませんでした。

そして節子を荼毘に付した清太自身も、終戦からわずか1か月後の1945年9月21日夜、国鉄・三ノ宮駅の構内で餓死を遂げます。死因は妹と同じく栄養失調による衰弱死でした。所持品であるサロップのドロップ缶には節子の遺骨が納められており、駅員によって駅前のアメリカ軍用ゴミ捨て場へと放り投げられる清太の最期は、敗戦直後の都市に無数に存在した浮浪児(戦災孤児)の冷酷な現実を象徴しています。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。