関西屈指の迷宮として名高い梅田の地下ネットワークにおいて、東梅田駅がひときわ強い混乱を生み出す背景には、空間心理学でいう「水平感覚の麻痺」と「サイン看板の視認限界」が複合して作用しています。
改札を出た瞬間、頭上に掲げられた案内サインには「JR線」「阪急線」「御堂筋線」「阪神線」の文字が無秩序に並び、矢印は微妙な斜め前方を指し示しています。これは、東梅田駅が直交格子の街路ではなく、旧来の曽根崎エリアの斜行道路(扇町通)の地下に埋設されたためです。直角移動に慣れた現代人の空間認識と、扇状に広がるホワイティうめだ地下街連絡通路の角度が約15度から30度ズレていることが、方向感覚を狂わせる物理的な引き金となっています。
さらに現場の利用者を混乱させるのが、東梅田駅と梅田駅が別名である決定的な理由です。歴史を紐解くと、1933年に日本初の公営地下鉄として開業した御堂筋線の「梅田駅」に対し、谷町線の東梅田駅が開業したのは高度経済成長期の1967年でした。後発路線の建設計画当時、同一駅名に統合すると運賃計算上の特定駅管理や乗降客分離のオペレーションが破綻する懸念がありました。四つ橋線の「西梅田駅」(1965年開業)とともに独立した別駅として命名・管理された経緯があります。
公式の乗り換え指定駅でありながら別駅名というねじれが、旅行者や出張者に「改札を出たら別の駅に着いてしまうのではないか」という心理的不安を与え、立ち止まりや迷走を引き起こす元凶となっているのです。