天海祐希(本名:中野祐里)が宝塚の門を叩いた瞬間から、すでに伝説の歯車は音を立てて回り始めていました。宝塚音楽学校へは倍率約20倍の難関を一発合格。1987年に73期生として宝塚歌劇団に入団すると、初舞台直後の『ミー&マイガール』新人公演において、研1(入団1年目)にして早くも主役のビル役に大抜擢されます。入団1年目での新人公演主役は劇団史上でも極めて異例であり、当時の関係者や宝塚ファンの間に大きな衝撃をもたらしました。
当時撮影された舞台写真やスチールを見ても、身長172cmの抜群のプロポーションと、華やかさとノーブルさを兼ね備えた端正な顔立ちは群を抜いていました。少年のような無垢さと成熟した色気が同居する若い頃のビジュアルは、従来の宝塚男役の枠組を超えたリアルな男性像を舞台上に提示することになります。
その後も涼風真世のトップ時代に2番手スターとして着実に地歩を固め、1993年、涼風の退団に伴い入団7年目(研7)・26歳という史上最速記録で月組トップスターに就任。同期である73期生には、後に雪組トップとなる絵麻緒ゆう、花組トップの匠ひびき、宙組初代トップの姿月あさとなど錚々たるスターが揃う黄金世代でしたが、その中でも天海の出世スピードは群を抜いて異次元のものでした。