集落水没説が現実味を帯びる一方で、やはり「祈りの場」としての側面も無視できないと専門家は指摘する。なぜなら、発見される土器の多くが、当時の日常生活で使われる雑器ではなく、装飾の美しい儀式用のものに偏っているからだ。
琵琶湖は古くから、周囲に暮らす人々にとって水神が宿る聖なる場所だった。特に葛籠尾崎は、湖の中でも最も水深が深く、急峻な地形が続く恐るべきエリアだ。当時の人々が、荒ぶる湖の神を鎮めるために、船上から貴重な土器を投げ入れる「投棄祭祀」を行っていたという見方は今も根強い。おそらく、日常の暮らしと命がけの祈りが、この深い青の中で交錯していたのだろう。