松永久秀といえば、信長が徳川家康に紹介した際に語ったとされる「主家(三好氏)を乗っ取り、将軍(足利義輝)を暗殺し、東大寺大仏殿を焼き払った」という「三悪事」が有名です。しかし、近年の歴史学界の研究により、これらすべてに疑義が呈されています。
まず、三好一族の粛清は三好長慶自身の判断による側面が強く、将軍・足利義輝の討伐(永禄の変)時、久秀本人は京都に不在で息子の久通らが関与していました。さらに東大寺大仏殿の炎上も、三好三人衆方との市街戦の混乱による失火、あるいはキリシタン兵による放火説が有力視されており、久秀が意図して燃やしたわけではないことが判明しています。
つまり、久秀は「三悪事」という濡れ衣を着せられ、悪逆非道なキャラクターに仕立て上げられた結果、最期の死に様までもが「火薬で自爆する狂気的な散り際」へと演出されていったという構造が見えてきます。