私たちが抱く歴史像の多くは、実は昭和から平成にかけて制作された時代劇や国民的歴史小説によって形作られたものだ。その最たる被害者、あるいは受益者が徳川家康である。
「鳴くまで待とうホトトギス」に象徴される忍耐強いタヌキ親父という家康像は、後世の創作が生んだフィクションの傑作だ。同時代の記録に残る徳川家康は、短気で感情の起伏が激しく、戦況が不利になると爪を噛んで取り乱す激情家だった。三方ヶ原の戦いでの無謀な突撃に見られるように、勝算のない戦に怒りで飛び込んで大敗を喫する人間味あふれる失敗を何度も繰り返している。彼が天下を取れたのは、完璧な我慢強さゆえではなく、手痛い敗北から即座にシステムを修正する異常な学習能力の高さゆえだった。
司馬遼太郎の文学が決定づけた爽快な坂本龍馬像や、時代劇が描く重厚な家康像。それらはエンターテインメントとして極めて優れているがゆえに、実像との乖離を広げ続けてきた。大衆文化が築いたフィルターを一枚ずつ剥がしていく作業こそが、いま歴史ファンの知的好奇心を刺激してやまない。