京都の現場に赴くと、そこには観光地・嵯峨嵐山の喧騒から一線を画した静寂が広がっています。大覚寺にほど近い歴史的風土特別保存地区の一角に位置するその敷地は、高い塀と木々に覆われ、外部から内部を窺い知ることは困難です。
近隣住民への聞き取り取材では、往年と現在の様子の変化について次のような証言が得られました。
「数子さんがご健在だった頃は、黒塗りの高級車が何台も列をなし、有名芸能人や政財界の重鎮らしき方々が頻繁に出入りされていました。お正月や法要の時期には警備員が何人も立ち、それは物々しい雰囲気でしたよ。でも、数子さんが亡くなられてからは本当に静かになりました。取り壊されたなんてとんでもない。今でも庭師さんが入って松の手入れをされていますし、かおりさんご一家やスタッフの方が来られているのを時折お見かけします」(近隣の古くからの住民)
また、インターネット上のコミュニティ(SNSや知恵袋など)では、「かつて細木先生に救われた」「京都の仏間を一度でいいから拝観してみたい」といった声が根強く存在します。しかし現在、敷地内は完全非公開であり、一般信者や観光客の立ち入りは一切認められていません。この徹底したプライバシー保護の姿勢が、外部の詮索を呼び、「閉鎖された=解体された」という誤認に拍車をかけた一因とも考えられます。