ネット上では「Zeebraが理不尽に後輩を潰した」「Kjが一方的に逃げ出した」といった極端な噂が囁かれがちですが、実態はより深く複雑なカルチャーの衝突でした。
Kjは事件後、ディスへの反論ソングを出すような泥沼のビーフ(抗争)を選択しませんでした。代わりにバンドとしてのアイデンティティを徹底的に見つめ直し、ラテン、パンク、ドラムンベース、エレクトロニカを取り入れた独自のミクスチャー・ロック路線へと舵を切ったのです。名盤『HARVEST』や『Río de Emoción』を生み出す原動力となったこの苦悩と進化こそが、Dragon Ashを単なる流行で終わらない屈指のライブバンドへと鍛え上げました。