1994年という年は、Mr.Childrenにとって文字通り激動の1年でした。同年6月に発売された『innocent world』が初のオリコンシングルチャート1位を獲得し、日本レコード大賞を受賞。瞬く間にバンドは社会現象へと駆け上がりましたが、その中心にいたボーカル・桜井和寿の精神状態は、世間の熱狂とは裏腹に深刻な孤立感を深めていました。
当時の特番インタビューや音楽誌の取材記録によると、桜井は名古屋でのプロモーションキャンペーン中、滞在先周辺をジョギングしている最中にふとサビのメロディを着想したと明かしています。追われるようなスケジュール、急変した生活環境、そして「ポップスター」としての虚像と生身の自分との乖離。桜井和寿 作詞の真相を紐解く上で見逃せないのは、この楽曲が成功者の凱歌ではなく、環境の激変に翻弄される20代半ばの青年が覚えた「底知れぬ孤独」から産み落とされたという事実です。
楽曲タイトルは、彼らが敬愛するThe Beatlesが1966年に発表したサイケデリック・ロックの金字塔『Tomorrow Never Knows』と同名ですが、桜井自身が込めたニュアンスはより直截的でした。「明日のことなど誰にもわからない」という直訳通りの諦念。しかしそれは単なる投げやりな放棄ではなく、未来をあらかじめ予測・規定できないからこそ、足元の一歩を踏み出すしかないという、覚悟に近い感情の発露だったのです。
プロデューサーである小林武史の手によって、冷徹な打ち込みのリズムトラックと壮麗なストリングスが融合された重厚なアレンジが施され、バンドの枠組みを超えた普遍的なアンセムへと昇華していきました。これが、現在まで語り継がれるTomorrow never knows 制作秘話と経緯の根幹にあります。