笑福亭笑瓶さんを語る上で欠かせないのが、師匠である笑福亭鶴瓶さんとの破格の師弟関係です。1981年、大阪芸大を卒業した後に「あの面白い鶴瓶さんの弟子になりたい」と直談判。鶴瓶さんにとって初めての弟子(筆頭弟子)となったのが笑瓶さんでした。
当時の落語界において、まだ若手だった鶴瓶さんが弟子を取ることは異例の出来事でした。鶴瓶さんは「自分自身もまだ一人前やないのに、弟子なんて取れるわけない」と一度は断ったものの、笑瓶さんの純粋な熱意に打たれ入門を許可したという逸話が残っています。二人の関係は、伝統的な「芸を盗ませる厳しい主従」というよりも、まるで年の離れた兄弟や親友のような、深い情愛で結ばれていました。
東京進出にあたっても、鶴瓶さんは笑瓶さんの才能を東京のテレビ界で活かすため、太田プロダクションへの移籍を快く後押ししました。落語協会の枠組みに縛られず、自由奔放にタレントとしての花を咲かせることができたのは、師匠の広大な度量があったからこそです。訃報を受けた際、鶴瓶さんは報道陣の前で声を詰まらせながら次のように語りました。
「師弟関係というより、あいつが僕を師匠にしてくれた。笑瓶がおったから、僕は弟子を持つ責任を知ることができた。一番最初に僕のところに来て、一番頼りになって、一番可愛い弟子でした」
通夜の席で愛弟子の棺に取りすがり、涙を流した鶴瓶さんの姿は、芸能界の歴史に残る真の師弟愛として多くの人々の胸を打ちました。