2000年春、「芸能生活40年、21世紀を迎えたら引退する」という宣言通り、58歳でスパッとマイクを置いた上岡龍太郎さん。その後はメディアへの出演要請を一切断り、完全な私人として隠遁生活を送っていました。
その上岡さんが、実に7年ぶりに公の場に姿を現したのが、2007年6月7日にリーガロイヤルホテル大阪で執り行われた「横山ノックを天国へ送る会」でした。そこで読まれた約10分間に及ぶ弔辞は、日本の放送史・演芸史に刻まれる珠玉の名スピーチとなりました。
「僕の芸名の名付け親であり、師匠であり、そして相方であった横山ノックさん……」と静かに語り始めた上岡さんは、ノックさんの芸人としての偉大さ、政治家としての栄光と挫折、そして晩年のスキャンダルにさえ真っ向から触れました。「あなたは僕の太陽でした。しかし、その太陽には時々、黒点がありました」と笑いを交えながら語りかけ、参列者の涙と爆笑を誘ったのです。
スピーチの結び、上岡さんは声を震わせながらこう叫びました。
「ノックさん、もう一度あなたをノックさんと呼びたい……お疲れ様でした。さようなら」
師弟の愛憎をすべて呑み込み、最高の芸人として師を天国へ送り出したこの弔辞は、ネットや演芸界で「究極の芸人愛」として語り継がれています。