北村有起哉を語る上で欠かせないのが、日本を代表する名優であった父・北村和夫(2007年逝去)の存在です。実家の家族構成は、父・和夫、母、姉(女優の北村由里)、そして有起哉の4人家族。演劇界の重鎮を父に持った家庭環境は、幼少期の彼にどのような影響を与えたのでしょうか。
演劇研究所の最高峰・文学座の中心俳優として紫綬褒章や旭日小綬章を受章した父・和夫は、家庭内でも妥協のない本物の表現者でした。有起哉自身、自著や特別番組の対談において「父の背中はあまりにも大きく、若い頃はその存在そのものが巨大な壁だった」と告白しています。
芸能界において「二世」という看板は時に強力な武器となりますが、同時に強烈な偏見と批判の対象にもなります。北村はあえて父の所属する劇団には頼らず、1998年の舞台『春のめざめ』や映画『カンゾー先生』への出演を皮切りに、自らの足でオーディションを受け、無名の役柄から一歩ずつ実績を積み上げていきました。
2007年に父が亡くなる直前、病床の父と交わした言葉や、父が遺した芝居への情熱を受け継ぎながらも、決して父の物真似にはならず「北村有起哉という独自の表現」を確立した歩みは、同業者からも極めて高く評価されています。