小倉美咲さん道志村事件の全経緯|骨片発見と現在の真相・誹謗中傷裁判の教訓

小倉美咲さん道志村事件の全経緯|骨片発見と現在の真相・誹謗中傷裁判の教訓

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事件が発生したのは2019年9月21日午後3時40分頃のことでした。千葉県成田市から子育てサークルの仲間ら計7家族27人で道志村の「椿荘オートキャンプ場」を訪れていた小倉美咲さん(当時7歳)は、広場へ遊びに行った他の子供たちを1人で追いかけた直後、行方が分からなくなりました。母親のとも子さんをはじめとする保護者が即座に捜索を始め、午後5時前に警察へ通報。ここから未曾有の大規模捜索が幕を開けました。

山梨県警、消防、自衛隊が動員され、道志村の険しい山林や沢、空き家、側溝に至るまで徹底的な捜索が続けられました。しかし、履いていた靴や着ていた服の破片すら見つからず、手がかりが皆無のまま時間だけが経過していきました。この空白の期間、現場には全国から多数のボランティアが集まる一方で、情報の錯綜や憶測が飛び交う事態となりました。

事態が急展開を迎えたのは発生から約2年7ヶ月後の2022年4月23日でした。キャンプ場から東へ約600メートル離れた山林の枯れ沢(通称・大久保沢周辺)で、捜索を行っていたボランティアの男性が人の頭蓋骨の一部とみられる骨片を発見。これを機に山梨県警が周辺を再捜査したところ、美咲さんが当時着用していた特徴的なエメラルドグリーン色のハイネックシャツの断片、左右の運動靴(瞬足・20cm)が次々と見つかりました。

同年5月12日以降、発見された肩甲骨などの骨片から採取されたミトコンドリアDNAおよび核DNA型鑑定の結果、小倉美咲さん本人のDNA型と矛盾しないことが確認され、警察によって死亡が公表されました。無事の帰宅を信じ続けていた家族や支援者にとって、あまりにも残酷な結末となりました。

林 結菜
著者

林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。