ネット上の読者コミュニティで頻繁に見られる短絡的な誤解が、「ルッキズム漫画は、結局のところ美容整形を賛美または全否定しているだけではないか」という極端な二元論です。
しかし、各作品のプロットを精読すれば、作者たちの視線がそれほど単純ではないことが分かります。作中において整形やメイク、入れ替わりの術によって手に入れた美貌は、一時的に周囲の態度を一変させ、主人公に甘美な特権をもたらします。道を歩けば振り返られ、粗野だった店員が笑顔を浮かべ、かつて主人公を虫けらのように扱った人間が媚びへつらう――。この劇的な変化は、社会がいかに外見という薄皮一枚で人間を値踏みしているかという「他者の軽薄さ」を冷酷に暴く装置にすぎません。
名作と呼ばれる作品が共通して描く本質的な恐怖は、「美貌を手に入れた後も、内面の渇望と恐怖は一切癒やされない」という事実です。『累 -かさね-』の主人公がどんなに美しい顔で喝采を浴びても「これは本当の私ではない」という絶望から逃れられなかったように、外見を変えることは問題の終着点ではなく、より深い自己崩壊の始まりにすぎないという構造をどの名作も見事に描き出しています。