福島第一原子力発電所の所長として事故対応の陣頭指揮を執っていた吉田昌郎氏は、事故発生から約8ヶ月後の2011年11月下旬、定期健康診断において「食道がん」が発見されました。治療に専念するため同年12月1日付で所長職を退任し、過酷な闘病生活に入ることとなります。
退任後は都内の病院に入院し、抗がん剤治療や放射線治療、そして食道の手術を受けました。一時は病状が小康状態となり、関係者への取材に応じる場面もありましたが、病魔の進行は止まりませんでした。2012年7月には脳出血を発症して緊急手術を受けるなど、度重なる危機に見舞われながらも不屈の精神で闘病を継続。しかし、2013年7月9日午前11時32分、都内の病院にて58歳という若さで帰らぬ人となりました。