1990年代初頭の宮沢りえさんは、三井のリハウスの初代リハウスガール「白鳥麗子」役で脚光を浴び、ポカリスエットのCMや数々のドラマ・映画で主演を務める、名実ともに日本のトップアイドルでした。清純派のシンボルとして全国民から愛されていた少女が、18歳という若さで全裸になるなど、当時の常識では誰一人として想像すらしていませんでした。
写真集『Santa Fe』の企画が動き出した背景には、実母であり個人事務所の社長でもあった宮沢光子氏の強烈な存在がありました。芸能界で「りえママ」と呼ばれ恐れられた彼女は、娘の美しさが頂点に達した瞬間を永遠に記録させ、既存のアイドル枠を打ち破って世界に通じるアーティストへと脱皮させる青写真を描いていたのです。
2015年7月に放送されたフジテレビ系『夜タモリ』において、宮沢りえさんと篠山紀信氏が直接対談した際、当時の生々しい内幕が語られています。篠山氏が明かした証言によると、撮影のオファーは篠山氏側からりえママに打診されたものでした。当時、日本の出版界では「ヘア論争」が巻き起こり、刑法175条(わいせつ物頒布等の罪)の解釈を巡って表現の境界線が揺れ動いていた時期です。篠山氏は、トップアイドルの身体を借りて時代のタブーを打ち破るという野心的な賭けに出たのです。
母・光子氏はその提案を即座に快諾しました。しかし、最大の歪みは「宮沢りえ本人には事前にヌード撮影である事実が一切伝えられていなかった」という点にありました。ニューメキシコ州サンタフェのロッジに到着した初夜、母から「明日脱ぐのよ。あなたの一番綺麗な姿を残すのよ」と告げられたりえさんは、強いショックを受けてバスルームで泣き明かしたと後に述懐しています。