平安時代の「仮名手本」や江戸時代の草双紙、浮世絵の文款にいたるまで、日本の庶民生活において変体仮名は当たり前に読み書きされていた日常文字でした。当時の書き手は、同じ文書の中で「あ」という文字が連続する際、1文字目には「安」を崩した「あ」を使い、2文字目には「阿」や「悪」を崩した仮名を用いるなど、文字の重複を避けて紙面のリズムを整える高度な美意識を発揮していました。
この豊饒な文字文化が転換点を迎えたのが、1900年(明治33年)に発布された「小学校令施行規則」です。当時の文部省は、近代国家としての体裁を整え、全国規模での義務教育を急速に普及させる目的から、第16条において「仮名ハ一音ニ付キ一字ヲ定ムルモノトス」と規定しました。これにより、私たちが現在使っている「あ(安)」「い(以)」「う(宇)」などの48文字(当時はゐ・ゑを含む)が「本則仮名(現用字体)」として選定され、それ以外の約300種類以上に及ぶ異体仮名は教科書や公文書から一斉に排除されたのです。
この標準化政策には、急速な近代化の中で識字率を向上させ、活版印刷のコストを劇的に削減するという明確な国策上の合理性がありました。多種多様な文字を覚える負担を減らしたことで、日本は世界屈指の識字率を達成することに成功します。しかしその一方で、何百年にもわたって蓄積されてきた古典籍や手紙、地域の古文書を一般市民が直接読み解く能力を急速に失わせるという、文化的断絶を生み出す結果にもなりました。