夕餉の仕込みで慌ただしい厨房へ特別に入らせてもらった。立ち上る出汁の芳醇な蒸気の向こうで、料理長が研ぎ澄まされた柳刃包丁を走らせている。供されるのは、仕入れルートから見直された特選会席だ。かつての旅館料理にありがちだった「どこを切っても同じ既製品」の影はどこにもない。
日光連山の清らかな伏流水で育まれた岩魚、滋味あふれる栃木県産前日光牛、そして近隣の農家から朝採れで届く不揃いな高原野菜たち。素材の輪郭を損なわない繊細な火入れと、引き算の美学に貫かれた味付けが舌を打つ。派手な演出で誤魔化すのではなく、器の上に季節の移ろいをそのまま封じ込める。料理人の確固たる矜持が、ひと皿ごとの余韻となって胸に迫る。