富士山の気象を語る上で忘れてはならない人物がいる。1895年、私財を投じて厳冬期の富士山頂に日本初の私設気象観測所を築いた野中到だ。妻の千代子とともに命を削りながら氷点下の山頂で観測日誌をつけ続けた彼の執念は、日本の山岳気象観測の原点となった。
彼が拓いた観測のスピリットは、後に富士山頂レーダーへと受け継がれ、現在の精密な数値予報モデルへと進化を遂げた。一世紀以上の時を経て、観測技術はアナログな温度計から人工衛星とAI解析へと様変わりしたが、気まぐれな空と対峙し、その姿を捉えようとする人々の情熱は今も変わらない。