多くの人々が記憶しているのは「食道がん」という病名かもしれませんが、直接の死因となったのは「急性呼吸窮迫症候群(ARDS)」でした。闘病の始まりは、体調の不調を覚えて受けた検査で初期の食道がんが発見されたことでした。早期発見と報じられ、ファンや関係者は復帰を信じて疑いませんでした。
しかし、食道がんの摘出手術は成功したものの、その後に予期せぬ重大な合併症が襲いかかります。術後の経過観察中に激しい肺炎を発症し、それが引き金となって両側の肺に重度の炎症が急速に広がる急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を引き起こしました。ARDSは重症化すると酸素を取り込む機能が著しく低下し、現代医学を以てしても致死率が極めて高い難病です。
集中治療室(ICU)での治療は、まさに時間との戦いでした。人工呼吸器や体外式膜型人工肺(ECMO)を装着し、医師団による24時間態勢の治療が続けられましたが、弱りきった肺機能が回復することはありませんでした。病魔との壮絶な闘いの末、最愛の家族に見守られながら静かに息を引き取ったのです。