言問橋という雅やかな名称のルーツは、平安時代の歌物語『伊勢物語』に登場する在原業平の名高い東下りの和歌「名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」に遡ります。江戸時代末期、この和歌にちなんで創業した茶店「言問団子」が隅田川の向島界隈で評判を呼び、付近の渡船場が「言問の渡し」と呼ばれるようになりました。
その後、都市の近代化に伴い木橋などが架けられましたが、決定的な転機となったのは1923(大正12)年の関東大震災です。帝都復興事業の一環として、隅田川には強固な鉄鋼構造を持つ橋梁群が次々と計画されました。言問通りを通す幹線道路(東京都道319号環状三号線)の要所として、1928(昭和3)年に現在の3径間連続非補剛ゲルバー鈑桁橋(橋長約238.7m)が完成したのです。直線的で重厚感あふれる近代橋梁デザインは、当時の東京の最先端復興土木技術の結晶でした。