「気が触れる」はなぜ放送禁止?メディア自粛の真相と言い換え術

「気が触れる」はなぜ放送禁止?メディア自粛の真相と言い換え術

「気が触れる」はなぜ放送禁止?メディア自粛の真相と言い換え術の背景について、分かりやすい解説を詳しくお届けします。

「気が触れる」の語源を言語学的に辿ると、古来の日本における心身観や民間信仰に行き着きます。「気」は生命力や正気、精神のバランスを指し、「触れる」は「神仏の祟り(たたり)や物の怪、邪気に触れる」ことを意味していました。つまり、不可抗力的な霊的障りによって正気を失い、常軌を逸した状態に陥ることを表現したのが始まりです。

しかし、近代以降の社会において、この言葉は単なる状態描写にとどまらず、精神疾患を患う人々を座敷牢に隔離したり、社会から排除・差別したりする際の侮蔑的なレッテル貼りとして機能してきました。1970年代から1980年代にかけて、当事者団体や人権擁護団体からの強い問題提起を受け、メディア界は「言葉が持つ暴力性」を再評価することになります。その結果、「気狂い」などとともに「気が触れる」もまた、公の電波で流すべきではない差別語として指定されるに至りました。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。