設楽統のキャリアは、現代の芸人の中でも極めて異色の経歴から出発しています。埼玉県秩父郡皆野町に生まれ育った彼は、高校卒業後に西武鉄道へ就職。小手指駅などで駅員として勤務し、自動改札導入前の時代に改札口で切符切りを担当していた過去はファンの間でも広く知られています。
しかし、表現の世界への憧れを捨てきれずに半年で駅員を退職。その後、運転手やアルバイトを転々とした後、お笑いタレントの渡辺正行に弟子入りします。運転手兼付き人として芸能界の現場を肌で学んでいた1993年、同じくお笑いを目指していた日村勇紀と運命的な出会いを果たし、バナナマンを結成しました。
当時の若手お笑い界がショートコントブームに沸く中、バナナマンは30分以上の長尺演劇的コントにこだわり続けました。設楽が全ネタの脚本・演出を手掛け、日常の些細な狂気やすれ違いを緻密に構造化するスタイルは、舞台関係者や同業者から「天才肌」と激賞されます。この時期に培われた「全体の構成を俯瞰してコントロールする演出家目線」が、今日のMC業における鋭い状況判断力に直結しています。