三木のり平という人物の真価は、単なるコメディアンにとどまらず、卓越した舞台演出家としての才覚にありました。その最大の金字塔が、女優・森光子が主演を務め、国民的人気を博した舞台『放浪記』です。1961年の初演から演出を手掛け、菊田一夫の没後は脚本・潤色も担当し、作品を国民的ロングランへと磨き上げました。
虎の門病院の病床にあっても、のり平の頭の中は舞台のことで満たされていました。枕元には常に台本と赤ペンが置かれ、森光子のセリフの間合いや舞台装置の転換タイミングについて、細かな指示を書き留めていたといいます。関係者が証言した当時の様子では、昏睡状態に陥る数日前まで「あそこの照明はもっと落としたほうがいい」と、かすれゆく声で舞台の指示を出していました。
1999年1月31日、東京・築地本願寺で営まれた葬儀・告別式には、森光子をはじめとする演劇・映画界の重鎮からファンまで約1200人が参列。弔辞に立った森光子は、涙で声を詰まらせながら「私ののり平さん、本当にありがとうございました」と語りかけ、稀代の盟友の旅立ちを悼みました。