1986年4月、番組は『歌のトップテン』へとリニューアルされ、初代司会には元日本テレビアナウンサーの徳光和夫さんと、かつてトップアイドルとして一世を風靡した石野真子さんが抜擢されました。日本テレビの看板アナウンサーであった徳光さんの抜群の進行力と、石野真子さんの爽やかな笑顔で安定したスタートを切りました。
しかし、1980年代後半は音楽業界全体が「ベストテン形式」から「歌番組冬の時代」へと向かう過渡期でもありました。そこで1987年4月、番組テコ入れの起爆剤として投入されたのが芸能界のご意見番・和田アキ子さんです。
徳光和夫さんと和田アキ子さんのコンビは、生放送ならではのスリリングな掛け合いを生み出しました。当時、徳光さんがアーティストの情感に寄り添うナレーションを披露する傍らで、和田アキ子さんが豪快なツッコミを入れるスタイルは、従来の歌番組にはないダイナミズムをお茶の間に届けました。
さらに1989年4月には、徳光さんのフリー転向やスケジュール調整等に伴い、当時バラエティ界で破竹の勢いを見せていた島田紳助さんが和田アキ子さんの相方として司会に就任。関西弁の切れ味鋭いトークと、和田アキ子さんとの丁々発止のやり取りは、音楽番組の枠組みを超えた純粋なトークバラエティとしての熱量を放ちました。
当時の現場エピソードとして有名なのが、生放送中の時間調整における島田紳助さんの神業的なフリートークです。ランキング入りした大物歌手が中継先からスタジオへ間に合わない際、わずか数十秒の指示で和田さんと即興の掛け合いを展開し、尺を完璧に収めた手腕は制作現場でも語り草となっています。