サニーサイドアップの名を世に決定づけたのが、1990年代後半から始まった中田英寿氏のトータルマネジメントです。当時、プロサッカー選手のマネジメントといえば単なる契約交渉やスケジュール管理に過ぎなかった時代に、次原氏は「アスリートの価値を最大化する統合ブランディング」を持ち込みました。
メディアへの露出制限、専属フォトグラファーの起用、公式ウェブサイトを通じたダイレクトな情報発信など、従来スポーツ界のタブーとされていた戦略を次々と断行。結果として中田氏はイタリア・セリエAへの移籍を果たし、世界的なファッショニスタ・文化人としての唯一無二のポジションを確立しました。
次原氏の自著やメディアインタビューで語られている通り、彼女は単なる「裏方」に甘んじることなく、クライアントと対等なパートナーシップを結ぶ「パブリックリレーションズの真髄」を体現しました。前園真聖氏や北島康介氏らトップアスリートが次々とサニーサイドアップの門を叩いた理由は、次原氏が培った徹底的な当事者意識とプロデュース力にあります。