順風満帆に見えたキャリアでしたが、2007年3月、川田さんは5年間在籍したTBSを退社し、フリーアナウンサーへと転身します。フリー転身の理由として、当時は「報道やキャスター業により深く関わりたい」「活動の幅を広げたい」という前向きな意向が語られていました。
大手芸能プロダクション(ケイダッシュグループの田辺エージェンシー系など)と業務提携を結び、テレビ朝日の情報番組『サタデースクランブル』のキャスター就任など、フリー転身直後も順調なスタートを切ったかに見えました。しかし、局アナという強固な組織の保護を離れた現実は、想像以上に過酷なものでした。
局アナ時代は制作スタッフやアナウンス部の上司・同僚が日常的にサポートしていましたが、フリーランスは自らの価値を常に数字で証明し続けなければならないプレッシャーに晒されます。さらに、番組内での発言や立ち振る舞いに対する視聴者・関係者の反響もダイレクトに本人の精神へ跳ね返る構造へと変化していきました。