福島県出身の宮本和志は、学生時代からアメリカンフットボールやウェイトトレーニングで圧倒的なフィジカルの土台を築き上げました。名門「アニマル浜口トレーニングジム」で過酷な基礎練習に耐え抜いた後、2001年に全日本プロレスへ入門を果たします。同年8月、荒谷信孝戦でプロデビューを飾ると、ヘビー級の大型新人として即座に頭角を現しました。
全日本プロレス時代、特にファンの記憶に刻まれているのが本間朋晃とのタッグチーム「ターメリックスパイス(Turmeric Storm)」です。若手らしい愚直なパワーファイトとリング狭しと暴れ回る荒々しさは、武藤敬司体制へと移行した当時の全日本において異彩を放つ起爆剤となっていました。その後、海外遠征や他団体への移籍を経てフリーランスへ転向し、自身のユニット「和志組」を旗揚げします。
キャリアの大きな転機となったのが、ミスタープロレスこと天龍源一郎が主宰する「天龍プロジェクト」への参戦でした。天龍の繰り出す厳しい逆水平チョップやゴツゴツとした昭和プロレスの洗礼を真っ向から受け止め、WAR世界6人タッグ王座を獲得するなど、団体の看板ヘビー級レスラーとして重要なポジションを確立。肉体を削り合う泥臭いファイトスタイルは、玄人好みのプロレスファンから熱烈な支持を集めました。