荒廃したバリケードの頂点に立ち、右手に三色旗、左手に銃剣付きマスケット銃を携えて民衆を鼓舞する女性。彼女が身にまとう黄褐色のドレスは右肩から胸元へと大きく滑り落ち、豊かな乳房が露わになっています。この描写に対して「戦場で胸を露出しているのは不自然だ」と感じる現代の鑑賞者は少なくありません。しかし、美術史の文脈において、ここには緻密に計算された3つの決定的な理由が存在します。
第1の理由は、彼女が実在する人間の女性ではなく、「自由(Liberté)」という抽象概念を人格化した神話的存在(アレゴリー)だからです。西洋美術の伝統において、古代ギリシャの女神像(例えば『ミロのヴィーナス』や『サモトラケのニケ』)に見られるように、神性や徳目を象徴する存在は裸体、あるいは半裸で描かれるのが正統な文法でした。ドラクロワは彼女を生身の人間としてではなく、崇高な概念として描くために、あえて古典的な女神の姿を重ね合わせたのです。
第2の理由は、「母性による祖国の慈愛」の表現です。古くから乳房は「生命を育む源泉」「母性」のシンボルとされてきました。民衆に向かって差し出された胸は、圧政に苦しむ人民に新たな生命と自由をもたらす「祖国フランス」そのもののメタファーにほかなりません。ドラクロワはこの女性に、後にフランス共和国の象徴となる「マリアンヌ」の原型を託し、自由のために命を賭ける民衆を母のように包み込み、養い育てる存在として定義したのです。
第3の理由は、エロティシズムの脱色と「純粋な力」の提示です。よく観察すると、彼女の脇の下には体毛が描かれており、当時の古典主義が理想とした陶器のような滑らかな肌とは一線を画しています。肉感的なリアルさを持たせつつも、彼女の眼差しは特定の誰かに媚びることなく、遠くの勝利を見据えています。この半裸は男性の視線を喜ばせるための露出ではなく、世俗的な恥じらいや束縛を一切脱ぎ捨てた「ありのままの自由」の絶対的な強さを叩きつける視覚的宣言でした。