スポットライトを浴び続けた華やかな選手生活の裏側で、中山律子さんの私生活は決して平坦な道ばかりではありませんでした。中山さんはプロ入り後に結婚を経験し、家庭とプロボウラーとしての活動の両立に苦心した時期がありました。お相手は元プロ野球選手の中山武憲氏でしたが、多忙を極める競技生活や国民的ヒロインとしての重圧、生活のすれ違いなどが重なり、後に協議離婚を選択しています。
その後、長男を女手一つで育てるシングルマザーとしての道を歩みました。昭和という時代背景において、女性が職業を持ちながら一人で子どもを育てることには、現代以上の偏見や制度的障壁が存在しました。当時の手記や回顧録の中で、中山さんは「試合のために遠征に出る際、幼い息子を預ける後ろめたさに胸が張り裂けそうだった」「レーンに向かう新幹線の中で何度も涙をこぼした」と吐露しています。
しかし、母としての責任感こそが、厳しい勝負の世界で戦い続けるための原動力でもありました。息子さんは母の背中を見て健やかに成長し、成人後は母を支える心強い理解者となっています。家庭崩壊やスキャンダルを面白おかしく書き立てようとする当時の週刊誌報道に対しても、中山さんは毅然とした態度を崩さず、自らの腕一本で家族を守り抜きました。この家族の物語は、過酷な時代を生き抜いた一人の自立した女性のドキュメントとして、今も深い感銘を与えます。