世間が誤用を広めるなか、この警句が持つ本来の「祈り」の精神を正確に受け止め、世界的ブランドへと昇華させた稀有な例が、日本の総合スポーツ用品メーカー「株式会社アシックス(ASICS)」です。
アシックスの社名は、ローマの格言の頭文字を並べたアクロニム(略称)ですが、一般に知られるラテン語とは単語が1つ異なっています。使われているのは「Mens(精神)」ではなく、「Anima(生命・魂)」です。
「Anima Sana In Corpore Sano(健全な身体に健全な精神あれかし)」
創業者である鬼塚喜八郎氏が1949年に神戸で創業した際、戦後の荒廃した社会で非行に走る青少年を目の当たりにし、「スポーツを通じて若者たちに健全な育成の機会を提供したい」と深く苦悩していました。その際、当時の兵庫県教育庁の友人から授けられたのが、この「Anima Sana In Corpore Sano」という言葉でした。
「鍛えれば精神が勝手に宿る」という傲慢な思想ではなく、「スポーツを通じて心身ともに健やかであってほしい」という切実な祈念。鬼塚氏は自著や回想録において、この言葉の根底にある願いに打たれ、1977年の総合メーカー統合時に新社名として採用したことを明かしています。アシックスの歴史は、歪められた精神論ではなく、本来の「祈り」としての言葉の重みを今に伝える極めて貴重な文化遺産といえます。