そもそも、なぜ「目から鼻」という奇妙な器官の組み合わせが、卓越した知性や理解の早さを象徴するようになったのでしょうか。ことわざや慣用句の詳細な記録を遡ると、主に2つの有力な説が浮かび上がってきます。
最も広く支持されているのが、人体の構造に着目した説です。人間の目頭と鼻腔の奥は、鼻涙管(びるいかん)と呼ばれる極めて細い管で物理的につながっています。目薬を差した直後、鼻の奥や喉に独特の苦みが降りてくる現象を誰もが体験したことがあるはずです。肉眼では見えないほど微細な管を、まるで何物にも遮られずにスッと通り抜けてしまう様子から、「障害物をものともせず瞬時に理解が届く」「思考の詰まりが一切ない」という知性の滑らかさを比喩した表現として定着しました。
もうひとつは、江戸時代の上方の町人文化や寺社仏閣の伝承に根差す説です。京都の五条大橋における牛若丸の身軽な立ち回りや、大仏の胎内くぐり・柱くぐりのように「狭い隙間を鮮やかにすり抜ける芸当」を機知の象徴とした俗言が、時代を経て慣用句へ昇華されたとする記録も残されています。古書『俚言集覧』などの近世文献にも類似の言い回しが散見され、古くから日本人が「細部への鋭い通過性」を並外れた知能の指標として捉えていた事実が読み取れます。