ネット上で定期的に拡散される「ロンドン橋の橋脚には子どもが生きたまま埋められた」「最後の見張り番は人柱(生贄)の隠喩である」という説。この人柱伝説(Foundation Sacrifice)の真相はどうなのでしょうか。
1. 噂の発端は19世紀の民俗学者による仮説
この説の出所は、イギリスの女性民俗学者アリス・バーサ・ゴム(Alice Bertha Gomme)が1894年から1898年にかけて著した『The Traditional Games of England, Scotland, and Ireland』です。ゴムは、世界各地に残る「建造物を強固にするために生贄を捧げる儀式」の痕跡が、子どもたちの輪くぐり遊び(最後に誰か1人を捕獲して閉じ込める構造)に投影されているのではないかと推測しました。
2. 考古学的な証拠は「ゼロ」
しかし、近現代に行われたロンドン橋の解体・改修工事、およびテムズ川周辺の大規模な考古学発掘調査において、人柱と断定できる人骨や埋葬痕跡は一切見つかっていません。中世ヨーロッパのキリスト教社会において、人身御供は厳格な異教の悪習として固く禁じられており、国家的な大事業である橋の建設で公然と生贄が捧げられたという公式記録も存在しません。
したがって、「ロンドン橋落ちた=人柱の歌」という言説は、後世の民俗学的推測がオカルト的な都市伝説として一人歩きしたものと結論づけるのが歴史学上の定説です。