歴史の角度から俯瞰すると、裄丈の重要性は決して現代の西洋衣料から始まったものではない。日本の伝統美を体現する着物においては、直線裁断の構造上、肩線の概念が存在しない。そのため、着用者の体型に馴染ませるための唯一無二の基準こそが裄丈であった。袖口から覗く手首の肌の見え具合が、奥ゆかしさや艶やかさを表現する重要な要素とされてきたのだ。
この考え方は、洋服の伝統的なテーラリングの最高峰においても共通する。イタリアンエレガンスの雄ジョルジオ・アルマーニが打ち立てたアンコンストラクテッド(非構築的)なジャケット構造は、身体のラインに自然に沿う裄丈の正確さを前提に成立している。肩パッドに頼らず、首元から手首への自然なドレープを描くには、ミリ単位の計算が欠かせない。
さらに、映画『キングスマン』で鮮烈に描かれた英ロンドン・サヴィル・ロウのビスポークスタイルでも、上着の袖口からワイシャツのカフスが1〜1.5センチほど覗く仕立てが絶対のルールとされる。裄丈のわずかな狂いが、紳士服の格式そのものを損なうのだ。