彼女のキャリアを語る上で欠かせないのが、世界的な巨匠・小津安二郎監督とのタッグである。戦後、松竹株式会社を中心に制作された一連の作品群において、ふたりの協働は日本映画史における芸術的頂点を作り上げた。
1949年の『晩春』で描かれた、父を想い結婚に踏み切れない娘・紀子の繊細な心の機微。そして1951年の『麦秋』、さらに1953年の最高傑作『東京物語』へと続く「紀子三部作」は、家族の崩壊と再生、人間の孤独を静寂の中に映し出した。セリフの間や視線の角度に至るまで緻密に計算された小津演出に対し、彼女は圧倒的な透明感と人間味を注入することで応えてみせた。